2-6『危険思想指揮官、一名』



時系列は正午過ぎまで遡り、凪美の町。

凪美の町と露草の町を結ぶ道を、三頭の馬が走っている。
一騎は麗氷の騎士の愛馬で、麗氷の騎士が操っている。
そして一番後ろの馬には、燐美の勇者と院生の姿があった。

燐美の勇者「あ、見えてきたよ」

燐美が声を上げ、進行方向の先を指し示す。
道の先、なだらかな丘の向こうに、凪美の町を囲む城壁が姿を現した。

麗氷の騎士「やはり馬を使えると早いな」

燐美の勇者「だね。歩きなら途中で夜を越す必要があっただろうし。助かったよ、運び屋さん」

燐美の勇者は、一番先頭を行く馬に跨る女性に向けて言う

運び屋「いやぁ、それはこっちも同じさ。急な小包移送の依頼を受けたんだけど、
      ちょうど受けてくれる護衛がいなくて困ってたんだ。
      そんなところで、まさか勇者様達に護衛してもらえる事になるとは」

運び屋と呼ばれた彼女は、振り返ると笑顔でそう返した。

昨日の事だ。
露草の町を出発としていた燐美の勇者達は、門のところで運び屋に声をかけられた。
彼女はキャラバンの護衛を探しており、護衛を引き受けてくれるのであれば、
代わりに彼女の所有する馬で、凪美の町まで送ってくれるという話だった。
運び屋の出発は翌朝であり、一日露草の町で泊らなければならなかったが、
それでも徒歩よりは早く着けるだろうという事で、燐美の勇者達は護衛を引き受けた。

麗氷の騎士「今は、昼をちょっと過ぎたくらいか……歩きだと日が暮れていただろうな」

燐美の勇者「院生さん、大丈夫?」

燐美の勇者は自分の後ろに乗せた院生に尋ねる。

院生「あ、はい」

運び屋「もう少しだから、辛抱してちょうだい」



やがて燐美の勇者達は町の門へと辿りついた。
燐美の勇者達は門の詰め所で身分を証明して、門をくぐった先にある厩舎に馬を預ける。

燐美の勇者「運び屋さん。ありがとう、本当に助かったよ」

運び屋「それはこっちも同じさ。それに道中楽しかったよ」

諸々の手続きが済んだ後、お礼の言葉を交わすを燐美の勇者達と運び屋。

麗氷の騎士「さて、それでは宿を探さないとな」

燐美の勇者「だね、買出しもしないと。それじゃ運び屋さん、またいつか」

運び屋「あぁ、またいつか」

そして燐美の勇者達はその場を後にし、町並みへと溶け込んで行った。

運び屋「……」

燐美の勇者達の姿が完全に見えなくなると、運び屋は近くの家屋に走り扉を叩く。
すると間を置かずに扉が開き、男が顔を出した。

運び屋「行ったわ、尾行は?」

商会兵A「すでに追わせてる、早く中に入れ」

短いやり取りの後、運び屋は屋内へと姿を消した。



草風の村

隊員A「……了解、手配します。交信終了」

立ち並ぶ天幕の一番端に停められた新小型トラックに、隊員Aが半身を乗り入れ、無線を扱っている。
指揮通信車が唯一の装輪装甲車として前線に出ている現在、無線付きの新小型トラックは指揮車代わりとして運用されていた。
隊員Aは無線通信を終えると新小型トラックを離れ、
すぐさま、パラパラと降る雨から逃れるように、隣に設営されている天幕の出入り口をくぐった。

隊員A「一曹」

天幕内へ入ると、中では一曹と二尉が長机に目を落としていた。

一曹「隊員Aか。通信が来たのか?」

隊員A「はい、たった今捕獲部隊から連絡ありました。目標人物の確保に成功、加えて各種書類を押収した、との事です」

二尉「マジか」

一曹「負傷者等は出てないか?」

隊員A「それなんですが、82車長三曹がクロスボウの矢を受けて肩を負傷したそうです。
     受け入れの要請がありました」

一曹「そうか、分かった。受け入れ態勢を整えるよう衛生隊に伝えろ」

二尉「最初に聞いた限りじゃかなり面倒な事になりそうだと思ったが、一気に重要人物に王手をかけられたな」

一曹「あと何時間か遅れてたら捕獲は無理だったかもな、運が良かった」

捕獲した追っ手Aは、尋問によって商議会が秘密裏に行っている活動の内容、そしてそれに関係している人物を知っている限り暴露した。
さらに追っ手Aからは、関係者の一人である商会員Aが、露草の町から凪美の町へ移動するという情報が得られた。
一曹はその情報を元に捕獲作戦を実行したのだ。

一曹「その代わりなのか何なのか、こっちは厄介な事になったがな」

一曹は机の上に置かれた地図に目を落とす。
追っ手Aの証言は情報と同時に、新たな問題を発覚させた。
理由は不明だが、商議会は勇者一向を捕まえるために行動を起こしているらしい。
そして燐美の勇者一行は、商議会の息のかかった者の手により、すでに凪美の町に入っているという。

一曹「町に入る前に接触して、回収する手筈だったんだがな……困ったもんだ」

二尉「今後もどうなるか分からんな。一曹さん、俺はヘリに戻るよ、いつでも飛べるように備えておく」

一曹「分かりました、何か変わりがあったらすぐに伝えますんで」

二尉は一曹の言葉に手の動きで答え、天幕を出て行った

一曹「次から次へと……」

一曹は呟きながら長机上の地図を指でなぞる。
その様子に、隊員Aは少し難しい表情を向けていた。

一曹「……ん?どうした、隊員A」

隊員A「一曹……お言葉ですが、今回の行動は問題ですよ……」

一曹「んー?大丈夫だ、お前も聞いただろ。俺達は今のところ旅人とかと同じ扱いらしい。
      だから少し動くくらいなら、この近辺の国々が結んでる不可侵条約には抵触しないそうだ。
      グレーゾーンではあるがな」

隊員A「そういう事を言ってるのではありません!
      異世界といえども、過度の武力行使にましてや他国の重要人物の拉致!
      国防行為の範疇を超えています!」

一曹「越えちゃいない。邦人の身柄が危険に晒されようとしている。
     それを防ぐためにの必要な措置だ」

隊員A「要人確保の強行もですか!?そうは思えません!
      要人をこうまで強引に確保したのは、邦人の情報を得るためではなくて、
      介入できない月詠湖の兵団を引き込むためでしょう!?
      これでは我々が戦争の引き金を引いてしまいます!たとえ異世界と言えども、このような真似はすべきではありません!」

一曹「引き金はとうに引かれてる。紅の国側は影でやりたい放題で、
      むしろ月詠湖の王国側は今、一方的に撃たれてる状況ですらある」

隊員A「どちらにせよ、我々が関与すべき問題ではありません!邦人を保護のためというには、あきらかに過剰です!」

長机に身を乗り出し、一曹に対して捲くし立てる隊員A。

一曹「隊員A。どこまでをもって保護とする?」

そんな隊員Aに、一曹は一言そう尋ねた

隊員A「はい?」

一曹「ここは地球じゃない異世界だ。邦人を保護したとして、そのまま家に帰せるわけじゃない、
      俺達と一緒に居座り続ける事になるだろう。
      だが、そもそも今は俺達自身も難民みたいな物だろう?
      現状では邦人の長期保護はおろか、
      自身達の身の安全すら、先の保障は無いのが現状だ」

隊員A「それはそうですが……」

一曹「だからこそ安定した環境を得ることが急務だ。月詠湖の王国は大国のようだ。彼等に対して発言権を得て、
      一定の協力と、領内への長期間滞在を認可してもらう必要がある」

隊員A「な……!」

一曹「それだけじゃない。俺達は現在、月詠湖の王国国内で勝手に原油を採掘してる。
      この世界では原油が重要資源として見られてはいないようだが、
      勝手に国内で資源を採掘していると知れば、向こうさんもいい顔はしないだろう。
      それを看過してもらうにも、この一件はいいチャンスだ」

隊員A「……」

一曹「わかるだろう?すべては長期的な邦人の保護に繋がる。
    我々邦軍は国民と財産を何に変えても死守するのが任務だ」

表情を一切変えずに、一曹はさらっと言ってのけた。
長期的な活動や邦人の保護を考えれば、わからない話ではない。
だが見方を変えれば、邦人が危機やこの世界の緊迫した状況を、
戦略資源確保のために利用するという風にもとれる。
加えて、今回のほぼ拉致まがいの捕獲作戦の実行。
せめて、少しは躊躇するような姿を見せてもいいのではないか。
そう思った隊員Aだが、一曹にはそんな様子は微塵も感じられなかった。

隊員A「(この人は……)」

その姿に、隊員Aは一曹という人物についての人物像を思い返していた。
一曹は普段は物静かな人物だが、時折、不穏な面を見せることがあった。
演習時には、陸曹の権限を越えるような指示で隊を運用する事が数度、
さらには倫理観を疑うような意見を、幹部へ具申する事もあった。
結果的に良い方向に運んだため、それらの行為に目をつむられてきたが、
それらの行為は当然、上層部から警戒される事となった。
それが所以で、一曹が潜在的危険思想の持ち主として、
合格基準を満たしているにもかかわらず、幹部への昇任から弾かれたという噂すら聞いていた。

隊員A「(……この人は、危険だ……!)」

隊員A自身も一曹に対して少なからず疑念を抱いてはいたが、この瞬間、彼女のそれは確信に代わった。
加えて、陸幹部不在の状況で、この人を止める人間はいないも同然。
彼女の微かな恐怖すら覚えていた

一曹「とにかく他に道は無い。それより、衛生隊への連絡を頼むぞ」

隊員A「……はい」

だがそれを言葉にする事はできず、隊員Aは天幕を後にした。


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